基盤研究C 2009–2011「研究概要」

転換期における「貧困」に関するアウグスティヌスの洞察と実践の研究


基本データ

  • 研究代表者 出村和彦(岡山大学大学院社会文化科学研究科・准教授)
  • 研究分担者 上村直樹(東京学芸大学教育学部・研究員)
  • 研究期間 2009年度–2011年度
  • 研究分野 思想史
  • 審査区分 一般
  • 研究種目 基盤研究 C
  • 研究機関 岡山大学
  • 課題番号  21520084

研究の目的

この研究は、人間の生にとって「貧困」とは何かを問い直すとともに、それぞれの時代のなかでの問題の所在、展開を明らかにする思想史研究の視点からこの問題の思想的多面性を捉えることをその目的とする。この目的に向かって、この研究は2007–2008年度日豪二国間交流事業(日本学術振興会)「転換期における「貧困」への取り組み─初期キリスト教をモデルにして」の共同研究を発展的に継承し、4世紀後半から5世紀前半の転換期に生きたアウグスティヌスの貧困に関する理解と貧困への実践的取り組みを培った彼の思想的展開を解明することに集中する。この研究は、世代を異にする二人の研究者による相補的共同研究として2009–2011年度にわたり遂行された。

出村はアウグスティヌスの中期著作や『説教』『修道規則』を、上村は彼の初期著作や『詩編注解』『神の国』を詳しく分析することを通して、その思想的展開を正確に把握する作業を行う。これによって、アウグスティヌスがいかなる基本的理解のもとに「貧困」の問題に取り組もうとし、いかなる仕方で「貧困」の問題について語っているのかを明らかにした上で、どうしてそのような理解のもとに「貧困」についてそのような語り方をするのかに注視することを通じて、「貧困」に関わるアウグスティヌスの洞察と実践に現れている彼の「貧困」理解の中心的思想を解明し、古代末期という「転換期」におけるその思想史的意義を明らかにすることを目指すものである。

研究の背景

古代的な相互扶助、また公共的、私的な慈善活動を通して解消されようと試みられていた「貧困」の問題は、ローマ帝国末期の社会、経済の揺らぎによってふたたび深刻さを増してくる4世紀後半から6世紀という転換期に、ようやく「可視化」されることになる (R. Finn, ‘Portraying the poor: descriptions of poverty in Christian texts from the late Roman empire’, in: M. Atkins and R. Osborne (eds), Poverty in the Roman World (Cambridge 2006) 130頁を参照)。

そのような状況で、初期キリスト教共同体に参与した人々は、彼らの経典である聖書解釈を通して、従来とは異なる「貧困」についての言説を構築することを出発点にして、新たな自己理解と社会的活動に取り組みはじめていた。その際のキリスト教司教の役割にはめざましいものがあり、彼らこそ「貧者を愛する者」であるとともに「貧者を治める者」であるというヨーロッパ中世に通ずるキリスト教司教の役割を築く転換点をもたらした者であるという考えが、Peter Brown によって提示された (P. Brown, Poverty and Leadership in the Later Roman Empire (Hanover, NH 2002))。これに対して、オーストラリアカトリック大学の Pauline Allen 教授を中心とするオーストラリア学術会議の創発研究プロジェクト (ARC Discovery Project 2006–2008: Poverty and Welfare in Late Antiquity) は、4世紀から6世紀の代表的司教たち(クリュソストモス、アウグスティヌス、レオI世)を取り上げ、彼らの慈善・救貧活動・喜捨・清貧などの「貧困」に関わる言説と行動を考察した結果、事柄はそう単純なものではないことを明らかにしてきた。

この研究の研究代表者である出村は、先にこの創発研究プロジクトに連携する2007–2008年度日豪二国間交流事業(日本学術振興会)の共同研究「転換期における「貧困」への取り組み─初期キリスト教をモデルにして」を組織して、この転換期に先行する3–4世紀の初期キリスト教の思想家アレキサンドリアのクレメンス、オリゲネス、砂漠の修道士アントニオス、ポントスのエヴァグリオス、カイサレイアのバシレイオス等の思想について考察する研究者との意見交換を行ってきた。出村はアウグスティヌス (354–430) の中期の作品『告白録』と『修道規則』における「貧困」に関する理解を彼の同時代の伝記と付き合わせて解明することとし、また、研究分担者上村はアウグスティヌスの初期著作に現れた「貧困」概念を精査することで、この共同研究に加わることとなった。その成果は後に手を加えて、研究報告書において公刊されている。

従来、欧米でアウグスティヌスは研究し尽くされているかに見えるが、しかし不思議なことに、アウグスティヌスの「貧困」理解やこれへの実践的関わりを包括的に解明したモノグラフは出ていない (P. Brown, ‘Augustine and a crisis of wealth in late antiquity’, Augustinian Studies 36 (2005) 6頁を参照)。この研究はそのような学問的空白を埋めるべく立ち上げられたものである。