基盤研究C 2014–2016「研究経過」

アウグスティヌスにおける心性の複層性と修道制への関与


2014年度

研究初年度にあたって研究代表者・上村直樹は、研究計画にあげた課題A「古代の哲学的な生の規定は、いかに受容されるか」、ならびに 課題B「生の範型は、修道制との関わりのうちに、いかに探求されるか」の考察に着手し、研究成果を国内外の学会において発表した。そして、海外研究協力者との意見交換を通して、また研究成果の公刊を踏まえて、研究第二年度の研究の方向性を明確にすることに取り組んだ。

研究代表者はまず、2014年5月に開催された北米教父学会において、古代の哲学的な生の規定を3・4世紀北アフリカのキリスト教思想家のうちに検討した成果を発表し、ついで開催されたカナダ教父学会では、キリスト教的な生の範型について、アウグスティヌスの「書簡」のうちに考察した論考を発表した。研究者からの批評と意見交換を通して、課題AとBを相補的に検討するという本研究の妥当性について検証した。

ついで9月上旬に開催されたアジア環太平洋初期キリスト教学会、9月下旬に開催されたセントアンドリューズ神学院教父学シンポジウムでは、アウグスティヌスの「説教」において課題Bを検討した成果、そして、東方教父からの影響を課題Aに即して考察した論考を発表することによって、アウグスティヌスの著作全体のうちに本研究を展開する可能性を検証した。

年度後半には、2015年4月にマルタ共和国で開かれる北アフリカ教会の説教を主題とするコロキウムに参加する準備をすすめた。そして3月上旬には、オーストラリアカトリック大学初期キリスト教研究センターでの年次集会、3月下旬にはアメリカ合衆国アイオワでのShifting Frontiers in Late Antiquity 学会において研究成果を発表し、研究者からの批評と意見交換を通して、また、海外研究協力者との意見交換を通して、次年度に検討するべき課題についての考察を深めた。

2015年度

研究第二年度にあたって研究代表者・上村直樹は、当初の研究計画にあげた課題のなかで、ひきつづいて課題 B「生の範型は、修道制との関わりのうちに、いかに探求されるか」の考察にとりくむとともに、課題 C「心性の複層性は、同時代の環境との関連において、いかに捉えられるか」に着手した。そして、これらの研究成果を海外の学会において発表するとともに、諸媒体においてその成果を公刊することをめざした。さらに、海外研究協力者(オーストラリアカトリック大学、ポーリーン・アレン教授)との意見交換を通して、最終年度において研究成果を冊子体の報告書として刊行するための準備にとりかかった。

研究代表者は、まず4月にマルタ共和国で開催された北アフリカ教会の説教を主題とする国際コロキウムにおいて、キリスト教的な心性と異教的な社会環境との干渉と葛藤の実態について分析する研究を発表した。ついで、英国オクスフォードで開催された国際教父学研究集会において、さきのコロキウムでの課題をアウグスティヌスの書簡を題材に分析する研究を発表した。また、オランダのブリル社から出版された論文集に、アウグスティヌスへの東方教父からの影響を主題とする論文を掲載した。

年度後半には、研究初年度に構築した国際研究ネットワークにおける交流を通して、海外諸媒体に投稿する論文の修正と加筆にとりかかった。マルタでのコロキウムに発表した成果をまとめた論文は、ベルギーの出版社へ提出し、前年度から寄稿を依頼されていた台湾の雑誌 Universitas への論文も提出した。これらの論文はいずれも掲載が認められ、出版にいたる最終段階にある。そして、3月上旬のオーストラリアでの年次集会に参加、研究成果を発表し、最終年度における研究発表の一部について、先行して準備をすすめた。あわせて海外研究協力者との意見交換を通して、研究の進捗状況についての確認をおこなった。

2016年度

本研究は、古代末期の地中海世界において人間の生がいかに捉えられていたかを問いなおすとともに、その問いに答える思想の展開を明らかにするという思想史的な視点から、古代人の「心性」を包括的に理解することを目的とする。この目的にむかって本研究は、先行の科研費研究の成果をふまえ、つぎの三項の課題を設定し、その解明にとりくんだ。

  1. 古代の哲学的な生の規定は、いかに受容されるか。
  2. 生の範型は、修道制との関わりのうちに、いかに探求されるか。
  3. 心性の複層性は、同時代の環境との関連において、いかに捉えられるか。

北アフリカ・ヒッポのキリスト教司教アウグスティヌスの上述の課題にかかわるテクストを『説教』と『書簡』もあわせて検討し、先行するアフリカのラテン教父、また同時代の東方教父の著作へも考察範囲を広げることによって、アウグスティヌスの「心性」理解は、神の恵みによって自己を変容する可能性を唱道するという勝義にキリスト教的な観点から捉えられること、また、初期からほぼ一貫して、聖書注解をとおして確立したキリスト論によって根拠づけられていることが明らかにされた。さらに、司牧経験をとおした共同体の実態についての理解の深化から、アウグスティヌスがキリスト教共同体のあるべき姿との隔たりを問題視していたことも明らかにされた。

構築した国際研究ネットワークを活用し、昨年度とおなじく国際学会において発表をおこなった。また、その成果を欧文の書籍、雑誌論文、書評として公刊するとともに、欧文冊子体の研究報告書 (Disciplines and Identities, Divine and Spiritual, in Late Antiquity) を作成した。本研究は、海外研究協力者との密接な協力関係をふまえ、オーストラリア、台湾、ベルギー、英国、カナダの研究者との交流を通して推進された。