転換期における「貧困」に関するアウグスティヌスの洞察と実践の研究
貧困の問題に関して先駆的であったオーストラリアの創発研究プロジェクトと私たちの二国間交流事業共同研究を出発点として、この研究ではアウグスティヌスに対象を絞り込み、アウグスティヌスの原典テキストを精査することによって、彼の「貧困」理解と実践の解明に集中する。ここで問題となるのは、アウグスティヌスにおいては、「貧しい者 (pauper)」の捉え方が歴史的に大きな転換点を迎えていたということである。それは以下の三点に要約される。
- 「貧しい者」が社会の成員として、たんに軽蔑、排斥の対象と見なされるのではなく、むしろ救済されるに「ふさわしい」者であるという聖書的観点と、現実には「富者であっても救われる」必要があるという共同体的観点とを、アウグスティヌスがいかに共同体メンバーに向かって説得的に呈示しようと試みたか。
- 「貧困」は、単なる社会経済的困窮を指す概念ではなく、あらゆる階層において「富める者」「貧しい者」がいると考えるアウグスティヌスにおいて、貧富を分ける基準はどこにあったか。
- 聖書を字義どおり解して財産を放棄する行動を、「貧しくなることこそ富むことである」という逆説として英雄的に賞賛する社会の中で、これに一定の理解を示しながらも、そのように急進的に実践する行動に対しては、なんとか押しとどめようと腐心していたことにどのような一貫性があるのか。
以上のような問題意識の下に、出村はアウグスティヌスの中期著作や『説教』を、上村は彼の初期著作や『詩編注解』を詳しく分析することを通して、その思想的展開を正確に把握する作業を行う。これによって、アウグスティヌスがいかなる基本的理解のもとに「貧困」の問題に取り組もうとし、いかなる仕方で「貧困」の問題について語っているかを明らかにした上で、そのような理解のもとに「貧困」についてそのような語り方をするアウグスティヌスの基本的な人間理解の中心的思想を解明することが可能になる。出村はそれを「心」(cor = 心臓) という概念と関係づけ、アウグスティヌスの「貧困」の問題が「心」の問題に収斂することを明らかにする、これを第一の課題とする。
さらに、この出村の研究とリンクして上村は、『詩編注解』における「貧困」の全容解明を行うとともに、初期の発想が晩年の大作『神の国』にまで通じていることを証明する。「心」における高慢 (superbia) と謙遜 (humilitas) という二つの意志のあり方が共同体 (civitas = 国) の存立と歴史的展開の源泉であるという有名な『神の国』の理論が、実はアウグスティヌスの「貧困」の問題への関わりに淵源を持っていることを思想史的に明らかにする。これが第二の課題である。その際、私たちは強引に仮説を証明するという方法は採らず、あくまでもテキストにあらわれた多様なアウグスティヌスの「貧困」に関する言説から、時代の転換期において彼に何が見えていて何が見えていなかったかをできる限り明確にすることを目指した。