基盤研究C 2009–2011「研究経過」

転換期における「貧困」に関するアウグスティヌスの洞察と実践の研究


2009年度

研究初年度に当たり、両研究者は緊密な連絡の下に基本的なテクスト資料・データベースの整備に当たり、両名とも、9月に「アジア環太平洋初期キリスト教学会 (APECSS) 国際研究集会」(仙台)で発表し、研究協力者 Pauline Allen 教授(オーストラリアカトリック大学初期キリスト教研究センター所長)との意見交換を行った。さらに、11月に中世哲学会(富山)で打ち合わせを行い、また両名とも 2010年3月に第1回韓国教父学会国際研究集会(ソウル)にて発表し、オーストラリアチームによって公刊された共同研究書 Preaching Poverty in Late Antiquity (2009) の成果を批判的に検討することに着手した。

具体的には、出村は、アウグスティヌスの「貧困」に対する洞察の基本的前提となる彼の修道生活における「貧困」の自己理解のあり方を検討した論文を公表した [研究成果5]。ついで、貧困への洞察の神学的基礎となる彼の『パウロ書簡』解釈の発展を跡づける試みを APECSS 研究集会で発表した [研究成果13]。さらに、『説教』や『詩篇注解』の精査を通じて、貧しい他者への施しなどの実践的関わりを唱道するアウグスティヌスの論述の理論的根拠を提示し彼のキリスト教倫理の特徴の解明を試みた [研究成果16]。上村は、計画全体の基盤となるアウグスティヌス初期の「貧困」を包括的に検討した論文を公表した [研究成果4]。また、アウグスティヌスの宗教的な言説の典型といわれる「霊的な修練 (exercitatio animi)」の実態を検討することによって、宗教に対してとるべき態度がいかに形成されているかを解明することに着手した。「霊的な修練」のアウグスティヌス「書簡」全般での実態を検討した成果を、9月に APECSS 研究集会で発表し[研究成果14]、ついで、「霊的な修練」の始まりを解明した成果を10月の国際教父・中世・ルネッサンス学会(フィラデルフィア)にて発表した [研究成果15]。さらに、次年度以降の研究の中心となる『神の国』での「貧困」の問題圏における社会性の実態について、韓国ソウルでの国際研究集会にて発表し [研究成果17]、課題となるべきテーマを絞りこむことを試みた。

2010年度

本研究の2年目において、既に入手した古代末期の貧困に関するデータベースを活用しつつ、前年度の研究から明らかになった課題を検討することに着手した。また、幾つかの学会において研究成果を発表すると共に、共同セミナー等でオーストラリアの研究チームとの討議を進め、最終年度に作成する予定の報告書の内容について、具体的な検討を行った。

具体的には、出村は国際学術誌に前年度9月のアジア環太平洋初期キリスト教学会での発表を論文に練り上げたものを掲載するとともに [研究成果7]、「貧困」と「心」についての序論的な論文を発表した [研究成果6]。上村は、前年度末3月に韓国ソウルで開催された国際学会での発表を再考することによって、「貧困」の問題圏における社会性の実態を初期著作に遡って考察した成果を、北米教父学会(米国シカゴ)において発表した [研究成果18]。そして、アウグスティヌスの宗教的な言説の典型である「霊的な修練 (exercitatio animi)」の実態を、「説教」において検証した成果をカナダ教父学会(モントリオール)において発表した [研究成果19]。さらに、『神の国』において検証した成果をメルボルンの国際学会において発表した [研究成果21]。この場で、出村は古代末期の危機的状況における「著作」の贈呈先への効用を論じる発表を行い [研究成果20]、上村とともにオーストラリアの研究チームとの討議を行った。さらに、上村は、2011年7月に英国リーズで開催される予定の国際中世会議が学会統一テーマを「貧者と富者」と決定したことに合わせて、本研究全体の成果を発表するべく準備を進めた。

両名は本年度末3月にオーストラリアカトリック大学初期キリスト教研究センターでオーストラリアの研究チームとの共同セミナー (Joint Japanese-Australian Seminar on Crisis in Late Antiquity) を開催し、そこでオーストラリア側との意見交換を行うと共に [研究成果22] [研究成果23]、最終研究成果報告書の内容や構成について綿密に検討した。

2011年度

本研究の最終年度において、これまでの研究成果をまとめ、さらなる発展を展望した。具体的には、上村は7月に英国リーズで開催された「貧者と富者」国際中世会議で本研究全体の成果を発表した [研究成果24]。また、出村は、8月オックスフォードでの第16回国際教父学研究集会に参加し、「心」の概念についてプレナリー・レクチャーを講じた [研究成果25]。さらにシドニーで、オーストラリアカトリック大学とマッコーリー大学との共同セミナー Epistolary Conversations II: Opening the letter of Classical and Late Antiquity に出席し、書簡を資料にしてアウグスティヌス研究を進める方法的問題点について情報を収集した。以上を踏まえ、出村は単著『アウグスティヌスの「心」の哲学:序説』岡山大学文学部研究叢書 33 (2011年12月20日) を刊行し [研究成果8]、とりわけその第4章において、これまでの研究成果を反映した考察を展開している。また、上村は、本報告書の別冊資料アレン-モーガン『「貧困」についてのアウグスティヌスの洞察』を翻訳刊行する [研究成果9] に至った。